やる気でない日記

浪人生です。本当にやる気が出ないし勉強もできないので呪詛を吐き出します。

ええ天気や…やる気の話

 起きてから衆院選の結果を見て、少しの驚きがありました。

 一つは自公の圧勝具合ですね。思ったよりもさらに強かった。

 もう一つは立憲民主党の健闘具合でしょうか。マスコミの立憲民主党あげがかなり効いていた証拠ではないかと個人的には思っています。

 希望の党はまあ、概ね予想通りかと。ちょっと議席数が多かったようにも見えますが。

 ただ、健闘したとはいってもやはり弱い。個人的には与党一強の状態というのは非常にまずいと思っています。そして今の野党には正しく野党としての能力が、非常に薄いという風にも考えています。

 都合よくまともな野党が出ない以上、今の形が最適解ではありますが、今後どこかの政党がまともな野党になることを祈っています。

 

 昨日は大型の台風が吹き荒れる中、選挙特番とかいう要らないクソクソのクソのせいでまともな情報が得られなかった人がいたそうで、やっぱりテレビって要らないんじゃないかなとか思いました。皆さまの御無事をお祈りします。

 

 

 

 先日までとは一転して、本日我が山口県は爽やかな天候を迎えております。西日本や東日本の一部では同じようにいい天気になっているでしょう。

 こんな天気のいい日は布団の上に横になりながら日差しを浴びるに限りますね。実は中学三年生の頃から私の趣味の一つになっています。

 天気がいい日に家の中に籠ることによって、自分の中でだけ謎の優越感に浸ることができるようになると一人前(?)です。

 

 時間を持て余しているニートの身だからこそ実感できるのですが、休日に、正しく休みの日に外出する人たちの心は健康な状態にあるんだと思います。

 休んでいい日にわざわざ安息の地から外に意気揚々と出ていくことができるなんて非常に羨ましいですね。日常生活でのストレスが精神に悪影響を及ぼしていない証拠だと思います。

 そもそも、休んでいい日という風に無意識に打ち込んでいるこの身が呪わしいですね。健康であれば遊んでもいい日だとか自由に使える日という風に表現していたかもしれません。

 現状、客観的に見れば宅浪生の私は毎日がホリデー状態なのですが、受験を控えている以上、主観では毎日が「宿題の終わっていない長期休暇の最終日」です。

 それでいてやる気が出ないのですから救いようがありません。

 

 私は高校生であった昨年、精神科にて鬱の一種であると診断されるような状態にありました。その高校も出席日数と単位がギリギリのところで無事に(?)卒業したわけですが、そもそも二年生の初め辺りからそのような状態であったため、ろくに勉強もしておらず、受験はそれこそ今年にせざるを得ない状態でした。現在も精神科に通院しています。

 一時期はゲーム等の娯楽への興味が復活し、少しだけ回復したようにも思えたのですが、この二ヶ月ほどは娯楽にすら興味ややる気が出ない状態に逆戻りしています。

 何をやっても虚無感に苛まれているような感覚。そして頭の片隅にはいつも受験勉強があり、気分転換に何をやってもむしろ罪悪感が芽生えていくのです。

 であれば勉強だけすればいいのでは? とお思いになるでしょうが、それができたらこんな状態になってなんかいませんよ!

 自分でこんなこと言ってるんだからいわゆる非定型鬱とかいうやつでしょう。こんなの大っぴらに話したところで言い訳にしか聞こえません。私自身、これはただ単に怠けているだけなのではなかろうか、逃げているだけではなかろうか。そう思うこともあります。

 しかし私はあらゆる逃避行動をすでに一通り試したあとなんですよね。やり方が違っていたならまだ一考の余地がありますが。

 それこそアニメや漫画、ラノベやギャルゲ、ドラマや映画、音楽に文学、アクションゲームや運動、いろんなものを試しました。音楽にはあまりハマれませんでしたが。

 最初はそれなりに目新しいので、「それなりに」楽しむことはできるんですよね。ですが別にそれは私がやりたいことでもないわけです。そしてやらなければならないことでもないのです。結果として視野を広めることができたようには思えますがなにも解決に繋がっていない。

 完全なる逃避として、一年間ぐらい勉強の事なんか忘れて遊び呆けることができれば何か変わった可能性もありますが、それは現実が許してくれませんし、世間体や両親の負担なんかも考えてしまいます。そして自分本位になりきれずに、結果的には一番周囲に被害を及ぼしてるわけですから救いようがありません。

 もちろん進路の希望はありますし、なりたい職業も大分固まってきています。目標があれば頑張れるはずと思い一生懸命考えましたからね。大まかな枠組みとしては情報系といったところでしょうか。

 しかしそれらは何のモチベーションアップにもつながりませんでした。かろうじてそのことについての勉強意欲が高まっただけです。むしろ情報系の専門学校へ行ってしまいたいぐらいの意欲が出てきましたがこれでは両親を納得させることができませんでした。

 結果的に今は逃避行動がそのことに関する勉強になっただけです。まあプログラミングやコンピューターの知識をつけることは今のところ楽しいですし、幸い自身のPCも持っているので初歩くらいはこのまま習得できるのではないかなと思っています。真にやりたいことであるならば続くでしょう。

 

 しかしこれでは現状を打破できないのです。受験勉強をしなければいけないのです。しかももともと文系なのにやりたいことが見つかってしまったため、理系への転向をすることにもなりました。センターの申し込みの前には決めていたので問題はないのですが時間が足りない。そのことを自覚しながら、目標を立てていながら結局やる気も何も出ない。

 別段、国公立を目指しているわけでもないし、偏差値が高い場所に入ろうとも思っていません。しかし急な転向ですので別段低すぎる目標でもありません。目標設定に問題はないはずなのにやる気は出ないのです。

 ちゃんとした目標があれば頑張れるとか、目標を立てることが大事とか言ったクソ野郎たちはみんな死んでしまえ(直球)

 小目標立ててるのにやる気が出ないってことはこれは大目標なのでは? と一瞬迷走しそうにもなりましたが冷静に考えて普通に小目標です本当にありがとうございました。

 

 

 結局のところ、どうすればやる気が出るのかは今になってみても全く分かりません。受験勉強に真摯に取り組むためにはどうしたらいいんですかね?誰か教えてくださいよ。

 

 それと同時に新たな疑問も生じるわけですよ。私にとっては何をやってもやる気が出ないこの受験とかいうクソシステムに、多くの人がその場の流れやとりあえず大学行きたい、遊びたい、とかいうアホみたいな理由で真面目に向き合えるのは一体どうしてなのかと。もちろん理由に貴賤などないし大学を出るに越したことはない。というのは最初に言っておきますが、そもそも学校とは、大学とは一体何をする場所なのか。それを考えた時に、私にはどうしても四年間遊びたいだとかそのような理由に行きつくのはおかしいと思えるんですよね。

 これは昨今、多くの人が大学に行くから。そして多くの大学が存在し、奨学金制度があるから。など、このような要因が重なることによって生じている現象だというように考えられます。

 受験勉強など屁でもないと考えるレベルの方やこういった現状からくる、大学出てないとダメ。みたいな風潮を加味しても私には理解不能なんですよね。

 いわゆるFランクの大学でも勉強の意欲がある方はいると思いますし、そういった方のためにもたくさんの大学が、それぞれのレベルに合わせて存在することはよいことだと思います。専門分野に進んでから頭角を現す変態がいないとも限りませんからね。

 みんながみんな、専門課程に上がってから研究詰めの学校っていうのも想像したくないですが、本来学びたいジャンルの学問があって行くものが大学だという風に私は考えています。それこそ理系に転向する前は好きな文学を研究したいと思っていました。結局やりたいことはあって、今はそれが変わったのが私ですね。

 しかし同級生の中でやりたい勉強や携わりたい仕事、分野について決めている人というのは、少なくはありませんでしたが反面、特に目的もなく学部を選択している人も相当数いました。後者の方はやはりなかなか理解し難いです。

 

 

 今の青臭い私が考えているほど職業選択というのは狭いものではないのでしょう。専門学校などとは違いまったく別の分野に就職する人なんてごまんといますし、私のような心変わりを大学でする人だっているでしょう。

 ですがそのようなふわふわした状態でやる気を出せる、将来の可能性を広げる人こそを私はどこか尊敬しているのかもしれません。理解できないものに対しての恐怖も混じっているでしょう。そして私の現状を打破し得るものはそこにこそ存在しているのかもしれません。

 

 

 といったところで今日の思考の垂れ流しを終えたいと思います。明日はこの続きになるか、それとも全く違った内容になるか。それは明日のお楽しみということで。

 

追記

 ここまで書き殴ってきたけど要領を得なさ過ぎて草生える。これを練習していけば国語の点数が上がる可能性が微レ存!?